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対談

JFインタビューシリーズ(10号):
チェオ歌手Thu Huyen氏にインタビュー
10/06/2011 10:45

チェオ歌手Thu Huyen氏は、ベトナムチェオ界の顔ともいうべき人物の1人である。ベトナム政府から優秀芸術家としての称号が与えられたが、その栄光を彼女のような若さで受けたアーティストはほかにいない。2010年12月、Huyen氏は青年劇場で行われた国際交流基金ベトナム日本文化交流センター主催「Karin & Quartetコンサート」に出演した。日本の琴や尺八、ベトナムの民族楽器ダン・チャイン、そしてピアノや水ドラムのような現代楽器の演奏に合わせて、Huyen氏は「ヴァンコーボー」や「コンネンザンムン」の2曲をうたい、その演奏は誰も聴いたことがなかった不思議な響きと感情溢れる調べで聴衆を魅了した。 


 

Thu Huyen氏に対する観客の好奇心に応えるため、当センターは彼女へのインタビューを申込み、チェオ芸術について、また先日のコンサートの感想や彼女のお仕事について話をうかがうことにした。

JF: 本日はベトナムでたいへん人気があるチェオ歌手Huyenさんにお会いできたいへん光栄です。早速ですが、ファンの方々に、チェオとの出会いや歌手としてのお仕事についてお話しいただけますか?

Thu Huyen (TH): 皆さんはじめまして。中央チェオ劇場のチェオ歌手Thu Huyenです。中央チェオ劇場は、ベトナム国立の劇場として国内の有名なチェオ歌手、チェオ奏者が集まる信頼性の高い劇場です。私はここに所属して20年ほど経ちますが、定期コンテストで金メダルや銀メダルを表彰されたり、2007年にはベトナム政府から優秀芸術家の称号をいただきました。これは、芸術家としてのキャリアのうえで自分の労苦が報われた記念すべき業績となり、とても誇りに思っています。

幼い頃から、私は大衆芸術が大好きでした。特にハット・チェオです。チェオ芸術は北部の各省、主に田舎で発展しました。ある日、テレビ番組で放映されたハット・チェオ公演を見て、チェオを初めて知り、チェオに夢中になりました。それ以来自分の好きなチェオ歌手としての道を追い求め、チェオ劇場への入団試験を受けようと決心しました。その後も学べば学ぶほど、チェオに夢中になり、この仕事がもっと好きになりました。

JF: Huyenさんにとって、何がご自身の成功を導いたと思いますか?

 

芸術家として成功するための要素は無数にあります。まず、素質や才能がなければなりませんし、苦しい練習や職への愛情も必要です。もうひとつ、忘れてならない、重要で不可欠な要素は、運と縁です。皆さんご存知のように、優れた才能をもった人、あるいは努力を惜しまない人というのはとてもたくさんいますが、それでも成功や名誉のチャンスにはなかなかめぐり合えません。

私は、観客に大切にされ、13年目に国家から優秀芸術家に与えられる称号をいただくなど、様々な幸運に恵まれました。普通この称号を得るためには、道徳的要素や職に対する姿勢など、芸術家としての技量や実績以外の要素もふまえて判断されますし、少なくとも15年のキャリアは必要だといわれています。

JF: チェオはベトナムで最も古い大衆芸術の一つですが、ベトナム人なら誰でも知っているわけではないですし、外国人には知らない人がいます。Huyenさんは、「チェオとは何ですか?」と聞かれたら、どのように説明しますか?

興味深い質問ですね!チェオは総合芸術の一つです。チェオの中で、歌手は歌いながら、演技と結びついた踊りを踊ります。チェオは普通、「コー・ティック・チュエン」と呼ばれる昔話を使います。昔は収穫祭で、人々はディンランやサンコー(訳注:祭り等を行い、人が集まる広場)に涼しくなった月夜に集い、チェオの演奏が夜から翌朝まで続いたものでした。

当時のチェオは、即興的な演奏が多く、観客とアーティストの間で掛け合いが行われるなどいつも交流がありました。何百年も経ち、現代のチェオは7つの昔話に凝縮されました。いまではどの話も、朝方まで続くような長いものではなくなり、舞台劇のように舞台上で演じられます。また、観客はチェオの物語の背景を自分で想像しなくても、光や音の効果など現代技術を使って情景が表現されるようになりました。たとえば、歌手が「ねえ、私は今素晴らしい宮殿にいるよ!」と歌ったら、以前の観客は自分の頭で素敵な宮殿を想像しなければならなかったのですが、現在のチェオの舞台には、煌く美しい宮殿のセットが置かれているというわけです。

JF: Huyenさんが話してくださったように、かつてチェオはお祭りの中で行われていたものでしたね。それでは、チェオの起源はどのようなものなのでしょうか。また、チェオは初めからチェオと呼ばれていたのですか?

チェオがどの時期に生まれたについては、誰にもはっきりとわかっていません。古都ホアルー(現在のニンビン省)が栄えていた頃がチェオ舞台の始まりで、創設者は、10世紀のディン王朝にいた優秀な踊り子であり、その後北部平野全土で広まり発展したという説があります。また、チェオの起源はチャン時代からだと言う人もいます。チェオという名称にも多くの論争があります。一説では、船を漕ぐことを意味する「チェオ」で、船を漕ぎながら歌ったところから始まったといわれます。一方、諷刺的なチェオ舞台(訳注:諷刺=チャオ・ロン)で、昔の人が「チャオ」と「チェオ」と変えて読んだのではないかという説もあります。とにかく多くの仮説をまとめても、どの資料にもまだ決定的な根拠があるわけではありません。

しかし、チェオが北部平野の田舎の大衆舞踊から始まったということは、はっきりしています。収穫後の休みや涼しくなった月夜に、農民たちが掛け合いをしながら歌を歌ったり、大衆に親しまれるメロディーを作ったりと、さまざまな人がいろいろなスタイルを創作しました。彼らがチェオの台本や実演形態をつくりだしたのです。

JF: では、チェオの楽曲は全部でどのぐらいあるのでしょうか?

統計によると、チェオ楽曲は300ほどあるとのことです。もちろん、地方によって歌い方が違いますから、チェオ歌手は全てを学ぶことができません。しかし、200曲のチェオ楽曲が基本となっていて、それを習得することがチェオ歌手には必要とされています。現在、たとえ、全く新しい台詞が入った新しいチェオの台本がたくさんあったとしても、リズムはすべて「ロン・ディエウ」と呼ばれる古代のチェオ楽曲に基づいています。

楽曲を勉強するために、チェオ歌手は、他の音楽のように楽譜に沿って勉強するのではなく、口伝えで、主として真似をし合うことで学ばなければなりません。チェオは、1つの言葉が、高低の複雑な無数の美しい音に乗せられているので、楽譜に書き移すことはとても難しいのです。

JF: チェオは、現代のベトナム人聴衆にどのような影響力をもっていますか?

かつてベトナムは、現代のように芸術の種類が豊富にありませんでした。皆、ただ歌い合うだけの生活をしていました。ほかに何か選択肢もなかったので、彼らはチェオや大衆芸能を好んでいました。現代では、劇や音楽、映画のような芸術が外国から多く入ってきて、チェオはかつてのような絶対的価値はなくなってしまいました。

チェオの観客対象は大人で、彼らはチェオについてほんとうによく理解しています。チェオに出てくる歌詞は、誰にもわからないような古い言葉をたくさん使います。それで若い人たちはこの芸術に対し、あまり興味がないのかもしれません。中高年層は、心がより落ち着いているので、平和や過去のことを思い出すために、チェオを鑑賞します。もちろん若い世代の中にもチェオが好きな人はいますが、ほんのわずかです。

最近になって、ベトナム教育訓練省は、学校で大衆芸術の授業を開始しました。今後、生徒が大衆芸術を好きになるかどうかは分かりませんが、少なくとも自国の伝統芸術の価値を理解することができるようになるでしょう。観客に何かの芸術を好きになってもらいたかったら、まずはその芸術について理解してもらわなければなりません。チェオもそうです。もしチェオについて何も理解していなかったら、それを好きになるのは難しいでしょう。

JF: 伝統芸術は常に、新しい変化を必要とすると思いますか?

私にとっては、伝統芸術だけでなく、どの芸術も、新鮮さを必要としていると思います。料理を芸術にたとえれば、芸術を楽しむ人というのは、料理を楽しむ人と同じです。彼らはどの料理が好きか考え、料理を選び、好きではない料理は避けます。チェオも、ずっと一つの形式を演じ続けたら、観客もすぐに飽きてしまいます。ですから私たちチェオ歌手は、音楽を愛する皆さんのために創作の努力をしています。

以前、全く新しくチェオを改変した時期がありました。しかし、ある一定期間の後、観客はまた昔のチェオの楽曲が聴きたくなりました。それで、改変されたチェオは認められなくなりました。

 
JF: 興味深いお話をしていただき、ありがとうございました。では、話題を「Karin & Quartetコンサート」に移したいと思います。まず、コンサート参加の誘いを受けたときのお気持ちについて、お話いただけたらと思います。

ベトナム日本文化交流センターからお誘いを受けたとき は、とてもうれしかったです。日本のアーティストと交流するための機会を得ることができますし、チェオを、自国や外国の方に紹介することができると思ったので。 また、イベントを通して、私自身、日本の芸術について、また、ダン・チャインと琴との相違点や共通点について理解を深めることができました。そして何より、日本のアーティストの方々と交流できたことがとてもよかったです。

JF: あの日の公演を、Huyenさん自身はどのように評価されていますか。

また、あのようなライブの場で歌をうたうのは初めてだったので、ちょっと心配していました。以前、自分の声は全て、録音スタジオで表現していました。しかし、ステージでの演奏が終わったとき、観客からの大きな歓声を受けて、とても嬉しくなりました。きっと曲目もよく、観客も満足し、たくさんの拍手となったのだと思います。



 


日本のアーティストとのThu Huyen氏


 

JF: そのイベントの観客の1人であった私は、その不思議で新しい音や空間を感じさせるチェオを聴いて、とても感動しました。日本のアーティストとの合同演奏で、Huyenさんが最もたいへんだったと感じたことは何ですか?

まず、かなり驚きました。琴の音色と日本の尺八の音は、以前一緒に演奏したことがあるダン・グエット(訳注:ベトナム伝統民族楽器)やベトナムの尺八等の楽器とは全然違ったからです。また、日本人アーティストのインスピレーションが加わったピアノや水ドラムの楽器から流れるとても不思議な音は、私を驚かせましたが、とても興味をもちました。

しかし、日本人アーティストとの練習時間は、あまり取れませんでした。彼らはベトナムに着いて、私やダン・チャイン奏者のVan Anhさんと2度ほど練習して、すぐに舞台に立たなければなりませんでした。それにこのような新しい楽器と合わせるのが私自身初めてだったので、とても不安でした。きっとそれで日本人のみなさんは、私の曲目を何回も練習するよう優先してくださっていたと思います。

公演自体はスムーズで、観客から大きな歓声を受けましたが、もし、もっと練習時間があったら、心配が消えもっとよくなっていただろうと思います。もちろんもっと大切なのは、私たちが観客に、自分の熱意を伝えることですね。


 


カリンコンサートでの優秀芸術家Thu Huyen


 

JF: このイベントの以外に、以前Huyenさんは日本で公演されたことがありますか。Huyenさんは、日本人、日本文化、日本という国に対し、どんな印象や考えをおもちですか。

以前、私は何度か日本で公演をしました。この国に対し、まだよくわかっていないところもありますが、そこで感じたことは、ここの人々は文化価値や伝統芸術をとても尊重しているということでした。大人だけでなく、子供もみんな、自国の芸術についてかなり理解しているようでした。

それから、日本の古代建築は、古都京都のように、全体に近い形で保存されています。ベトナム人にとってそれは学ぶべきところだと思います。

JF: 最後に、文化交流活動に対して私たちのセンターに対し、ご意見がありましたら、お願いいたします。

日本とベトナムの芸術について、アーティストたちがさらに理解を深めるため、両国間のアーティストの交流プログラムがもっと増えることを願っています。私もまたいつか日本人の観客にチェオ芸術について紹介できる機会をもてることを願っています。

JF: 素敵なお話をおうかができました。今後とも皆に愛される「チェオ歌手Huyen」のご成功をお祈り申し上げます。インタビューに応えてくださり、ほんとうにありがとうございました。

検索数: 428 |  14/06/2011 11:06:34
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